循環(リピート)する感情と音
tricot、2年ぶりのニューアルバムは5曲入り。最初は「えっ、曲数少なくね?」と思ったが、もちろんただ単に曲が少ないだけではない。今作『リピート』は5つの曲がシームレスに繋がった構成になっており、タイトルどおり5曲目の「悪口」までを終えたあと1曲目「good morning」に戻って「リピート」することを想定したものとなっている。
謎の「へいやーあー」という叫びから始まる1曲目の「good morning」、からコーラスとドラムをキーにtricotらしい変拍子が決まりまくる「大発明」につなぎ、「大発明」から1小節分のブランクを挟んで今作中でもひときわメロウな「BUTTER」へ。「BUTTER」がぎゅいーんと速度を落として、歌詞のとおり夢のような無限ループ感がおもしろい「リフレクション」に切り替わり、「リフレクション」のアウトロのギターリフがそのままつなぎ役となって最後の「悪口」を迎える。そして「悪口」の最後の息継ぎの音が、「good morning」の「へいやーあー」につながる。
おそらく最初は「曲が全部つながってたら面白くない?」というようなシンプルな着想だったと想像するし、実際彼女たちのライブでは曲のつなぎはひとつの見所だったりもするので、そういう発想が出てきたことも驚きではない。今作は長く空席だった正式ドラマーとして吉田雄介が加入して最初のアルバム(前作『3』でも全曲彼が叩いているが)ということがそのアイディアを後押ししたという部分もあるだろう。だが実際に聴けばわかるとおり、厳密に曲と曲がブリッジされているのは1曲目と2曲目、4曲目と5曲目、そして5曲目とリピートして1曲目、の3か所。それ以外の曲間では前後が分断されているのだ。しかしそれでもやはり、このアルバムはすべてがつながり、円環をなしているのは確か。そしてそれを可能にしているのは、僕は中嶋イッキュウというヴォーカリストの進化だと思う。
前作あたりからその感じはあったのだが、イッキュウの書く歌詞と歌が、ここに来て一気に艶を増している。女っぽくなった、とかいうとなんかアレだが、今作の、とくに「大発明」や「BUTTER」「悪口」あたりでの彼女は椎名林檎的な「女感」をストレートに表現してみせている。歌詞に恋愛を描いたと思われるものが増えているのも偶然ではないだろう。花びらをちぎって好き・嫌い、ではないが、ぐるぐる廻る恋愛感情が、このアルバムの円環構造を支えている。夜に決心して朝に後悔する、そんな感情の繰り返し、このアルバムで紡がれているのはそういうものだと読める。その微妙な機微を声と言葉で表現することができるようになったからこそ、『リピート』は『リピート』として生まれることができた。
ソロをやったり、ジェニーハイ(テレビ番組から生まれた小籔千豊、くっきー、新垣隆、川谷絵音とイッキュウによるバンド)に参加したり、ということで彼女に表現者としての芯ができたのかもしれないし、海外ツアーで言葉を超えたコミュニケーションを繰り返してきたことが影響しているのかもしれない。いずれにしても、中嶋イッキュウというヴォーカリストは今がいちばんおもしろいし、そのおもしろさをもっともヴィヴィッドに感じることができるのは、やっぱりtricotだ。