アミニズムとエレクトロニック・ミュージックの融合。拡張するジェシー・カンダの世界観。
2年半ほど前にArcaのファーストアルバム”Xen”のレビューを書かせてもらったことがあるが、今改めて読み直すとジェシー・カンダが創るビジュアルに対して多くの言葉を費やしていることに気がつく。モンスターのように力強く、他方、どこまでも繊細で美しいその世界観は多くのミュージシャンのクリエイティビティに影響を与えてきたが、ジェシー・カンダの新プロジェクト“doon kanda”では、カンダ自身がミュージシャンとして世界300枚限定の12インチシングル「HEART EP」を発表した。
ジェシー・カンダは、人と獣、男性と女性、自然と都市、醜さと美しさ、闇と光、あらゆる対概念を、その独特の映像表現をもって溶解し、全てを芸術の域で包摂する。全ての価値観を相対化する圧倒的な表現力は“doon kanda”での音楽表現においても同様に貫かれているが、むしろソロ・プロジェクトゆえに他の才能とのコラボレーションと比べてより一層際立ったものとなっている。
日本人のハーフであり、逗子に生まれたカンダの表現には、映像、音楽ともに日本的な自然観、世界観が随所に感じられる。人間は自然の一部に過ぎず、動物、植物、山、水、石にも霊が存在し、自然界の営みは、八百万に及ぶこの神々の作用によって引き起こされている。このようなアミニズム思想においては人と動物と神との境界は曖昧でフラットであり、獣人信仰にも繋がっていく。世界には、古代から、スフィンクスやミノタウロス、ガネーシャなど、獣と人とが結合し変態した神が多数存在し、日本の古事記にも尻尾や羽を持つ人間が登場する。他方、西洋を中心とした近代化の歴史の中で、かつては曖昧だった人間と獣、男性と女性、人間と自然の境界は明確に区別され、獣人思想は反キリスト・悪魔信仰として厳しく規制されるなどし、我々が普段の生活で意識することもほぼないように思う。
カンダの作品には人間とも動物とも分からない奇形や変態、体内器官を連想させる不気味で不恰好なキャラクターが登場し、新曲“Reverie”のミュージックビデオで歌うArcaの姿は獣の蹄を持つ獣人であり、かつ両性具有でもある。それらの独特の不気味さやグロテスクさ、何とも言えない違和感は、現代に生きる我々の脳髄奥深くに眠り、失われかけているアミニスティックな古代の記憶を攻撃的なまでに強く刺激し、呼び戻そうとするかのようである。
他方、“doon kanda”が奏でるのは極めて現代的で洗練されたエレクトロニック・ミュージックである。カンダはクリス・カニンガムと比較されることも多いが、映像面ではもちろん、また音楽面でもエイフェックス・ツイン、スクエアプッシャー、オウテカなどと並列で聴いても全く遜色ない。しかしながら何よりもユニークで魅力的なのはエレクトロニック・ミュージックやビジュアルによりアップデートされたアミニスティックな世界観である。その意味でカンダは単なるミュージックビデオの映像作家やミュージック・プロデューサーの枠に収めることは到底できない存在である。
カンダの作品を感じて、個人的に連想するのはダンサーであり振付家のダミアン・ジャレや、映画監督で現代アーティストでもあるアピチャッポン・ウィーラセタクンなどである。ダミアン・ジャレが名和晃平と共同で制作した舞台“vessel”における、無頭人の肉体が重なり合い全く別の生命体に変態していく様子や、個体と液体が相対化して細胞が溶け出すイメージ。あるいは、アピチャッポンの映画に登場するタイ東北部の精霊のストーリーや、“フィーバールーム”でのレーザーとスモークで表現されるあの世とこの世の狭間での臨死のような体験。いずれも、アミニスティックな世界観をかなり特殊な表現手法で体験させるものである。
本作「HEART EP」も楽曲自体素晴らしい完成度であるが、ビジュアルも合わせ体験することで、カンダが表現しようとする世界観により一層深く入り込むことができるように思う。
本年3月にロンドンのCorsica Stuiosで、カンダが主催するクラブイベントが開催され、同時に“THERIANTHROPES”と題されたアートインスタレーション展示も行われた。THERIANTHROPESとはまさに獣人という意味である。神聖な宗教儀式を思わせる神秘的でロマンチックな雰囲気のなかで、キャンドルと花で飾られた祭壇のような場所に獣人や奇形のビジュアル作品が展示され、併せてカンダとともに、ArcaとBjörkがライブやDJを行った。動物の仮面を被ったり、毛皮を着るなどして動物と一体化するのは獣人思想的な風習であるが、Björkは、この日も含め、近時、動物の顔を連想させるマスクや装飾を顔に装着し、ある種シャーマニズム的な雰囲気の中でDJプレイを行っている。Björkのマスクをデザインしているのが日本人作家の武田麻衣子というのも偶然ではないかもしれない。
カンダの来日の噂も聞いている。記憶は場所に染み付く。アミニスティックな記憶が染みついた日本の地でカンダのアートや音楽を体験できる日を楽しみに待ちつつ、本作「HEART EP」を聴きたい。