小谷美紗子
ライブ中のMCで小谷美紗子は「私は昔から偏屈と言われていて・・・」というMCをしていた。私自身も偏屈、とまでは言わないがそれなりに頑固者であるので、当初は初めて聴いた小谷美紗子の曲の歌詞に対して「物語性のある心情を歌い上げて、それに感情移入した人に気に入られるのだろう」と思いながらライブを見ていた。歌詞で歌われる言葉たちは日常の些細な出来事から、複雑の感情なやりとりまでを馴染みやすい、と言っていいのか、耳にすんなりと入ってくるメロディに乗せて歌われていた。私自身、歌詞の物語に自分を重ねることは大嫌いである。何故ならば、歌に乗せられた言葉は作詞者自身の感情であり、ただ聴いているだけの私の感情とは全くの別物だからだ。会場でライブを見ている「私」とステージの上の「彼女」とは価値観も当然違えば、私には歌われている出来事を思い図ることも出来ない。そして個人の感情などを任せるのには申し訳無いほどに、彼女の口から歌い上げられた感情は生々しく、切なく鋭いものであった。
登場SEが鳴り止んでシン、と静まり返った瞬間にピアノの音色が響いていく。小谷美紗子Trioが登場し、『Who』からライブは開始した。ステージで繰り広げられる演奏をお客さんたちは温かく受け入れている様子ではあったが、「小谷美紗子」のライブを初めて見る私にとっては温かいだけの拍手で迎えられる程生易しい音楽ではなかった。ピアノの旋律が繊細な美しさでベースとドラムを纏め上げ、耳には優しい音楽が届く。しかし歌詞が、一言でいう所の、切ない。柔らかいメロディが感情を盛り上げては、届かぬ想いを馳せる歌詞に気付くと同時に、多くの人がつい自分を重ねたくなるような感情の表現に私はむしろ自分を重ねまいとした。だからこそ客観的に、斜に構えてしまい、冒頭の文章のように自分を切り離していたのである。聴き馴染みが無いことから、フロアは盛り上がってはいても私は純粋に一歩引いてライブを見ていた。しかしある瞬間、演奏が会場を支配する瞬間を見たような気がした。ライブ当初はフロアの期待が各々ステージへ向かっているのが感じられたが、中盤、『青さ』という新曲が演奏されたぐらいから、演奏のテンション、表現力が控えめに、しかし確実にフロアを覆っていった。乗っていた観客もただただ圧倒的な演奏に聴き入るしか出来ない様子だった。あとから考えるとこの時点で私はすでに客観性などどうでも良くなり、ただただライブに夢中になっていた。五年ぶりのフルバンド構成での今夜、「ギターがいないとできないから」と言ってマイクを手に持ち、キーボードからフロアへ向き直ってアコースティックギターをバックに長い長い付き合いのある友人へと送る曲を披露。彼女が友人と、どのような関係なのかは新曲について交わされたMCからもはっきりとはわからなかったが、純粋に友人を非常に大切に思っている、感謝の念がありありと伝わってくる。以降、経験が想像できるだとか、自分の感情を重ねるとかいうことは一切感じず、ただただそこで演奏されている音楽が表現している「心の動き」に、心を動かされていた。ハンドマイクで歌い上げられた曲たちが声の魅力を存分に見せてくれた後にはフルバンド構成での、Trioやアコースティックギターとは違う、ノイジーですらある激しい演奏。歌詞だけでも受け止めるのに必死な所に、それを何倍にも増幅させる音色が体の内側へとどんどん沁みてくる。「作詞家、作曲家としてのプライドを取り払って、素直に言いたいことだけを書きました」との紹介受け、アンコールで披露された『手紙』、「17歳の時に作った曲です。今でも変わらず同じことを思っています」との『見せかけ社会』まで息つく間もなく、最終的にはその演奏に魅了され、涙ぐんでしまうほどであった。
当初は一歩引いて見ていたものの、ライブ終了後には感情が飽和状態になる程だった。すぐにでもCDを、曲をきちんと聴いてみよう、と久々に思わされた。小谷美紗子のライブの中で素晴らしいものだったのかそうでなかったのか、一回しか彼女の演奏を見たことの無い私にはわからない。しかし、何の期待もなく初めて見たライブとしては今までに無いぐらい、感情を動かされ引きずり込まれるほどのライブであった。彼女の音楽は歌詞がとりわけ印象的なので、是非CDを手にとって貰いたい。しかし、ライブを見れば歌詞が、歌が、演奏がどうというのではなく全てが纏まって音楽として魅力的であることを感じて貰えると思う。彼女の名前を知っている人も、そうでない人も、興味がある人も無い人も是非一度ライブに足を運んで頂きたい。気に入るかどうかはそれから判断して頂くとして、とりあえず一度は、是非ライブに足を運んで欲しいと思う。
01 Who
02 You
03 Still have us
04 まだ赤い
05 楽
06 Blink of Stars
07 照れるような光
08 青さ(新曲)
09 四季
10 雪でもいい
11 off you go
12 Out
13 生けどりの花
14 Rum & Ginger
15 消えろ
en.1 手紙(新曲)
en.2 見せかけ社会