儚き日常を彩る言葉とメロディ
七尾旅人の、2年ぶりの新作。前作『billion voices』と本作の間にはもちろん3月11日のあの震災、そしてそれに続く原発の事故という出来事があった。それは多くのひとの生活を簡単に壊してしまった。被災地に早くからコミットし、支援活動を行っていた彼だけにもちろん、このアルバムに3.11の爪痕はそこかしこにある。インストの楽曲を経て、壊れてしまった日常の最たるもの、つまりはかの原発事故によって故郷を失った人々を描いた“圏内の歌”で本作ははじまるし、瓦礫の街のとある少女を描いた“Memory Lane”などが最もはっきりしているあたりだろう。それらの楽曲もそれを内包するアルバム全体も決して重苦しいものではない。それが、やけのはらとの“Rollin’ Rollin’”で多くの人々に知れ渡った、彼のメロウなポップ・センスが発揮された“サーカスナイト“や“湘南が遠くなっていく”、“七夕の人”といった楽曲が収録されているからとかいう簡単な話ではない。すでに3.11後の世界にとって、その爪痕にある怒りや悲しみも、ラヴ・ソングの舞台となるようなロマンチックな日常も表裏一体、それは地続きの日常だ。どちらかを隠すことなく、誠実に歌う、それを彼の才覚が極上のポップ・ソングへと昇華させている。それは震災後苦しむ人々を見捨てない、彼らをいつまでも認識するための問いかけでもあるし、すばらしき日常へと至る癒しでもある。何気ない日常を、悲しさもうれしさも含めて、すばらしき生の実践と認識するために、ささやかな言葉と音を。そのために僕らは音楽を聴き、そしてアーティストは音楽を作るのだ。