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Dependent And Happy

『Dependent And Happy』

RICARDO VILLALOBOS

[label: PERLON/2012]

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時間感覚すらもねじ曲げる、そのビートはまるで魔術のようですらある

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文:河村祐介

 この音は幻覚剤のようでいて、どこにも連れて行かない。そのグルーヴはむしろ目の前の情景に、そして環境に容易く溶け込む。なんというか、とにかく良い塩梅なのだ。音からは逃れられぬ快感の滋養が肉体に染み込んでいく。
 考えても見れば、いわゆるフル・アルバムとしては2004年の『Thé Au Harem D’Archimède』以来の10年近くぶりのリリースとなる(自作曲のみのミックスCDやミニ・アルバム、異常に長いシングルなど、ほぼアルバム・サイズの作品は多数あるが)。
 本作はアナログ版にして5枚(2枚組LP×2とシングル1枚)というフォーマットでリリースされ、それらの音源をミックスしたCD1枚というフォーマットでリリースされている(3曲ほどアナログ・オンリーの音源がある)。なんとなくだが、恐らく消え行く運命のCDアルバム1枚というフォーマット、もっと言えば、このフォーマット1枚が作り出す“時間の感覚”がひとつのテーマとして肝要なことではないだろうか。
 CD1枚のギリギリの時間を、淡々とした彼らしい中毒性の高いハウス・ビートが流れる。いや流れるというよりも時を刻む様に“鳴っている”。そこに強烈な祝祭感覚や異界化作用があるわけでもなく、あくまでも淡々と。遠くから聴こえる雑踏の気配、歌声、鳥の声、フィールド・レコーディング、シンセのつぶやきやSE……そのビートが作る時間軸の上を、音が明滅しては飛んでいく。いつの間にか、聴くことの集中力はビートよりも、そちらに引き寄せられている。その没頭した感覚は、ある意味でアンビエント・ミュージック的でもある。そのビートが生み出すその快楽性は、ビート自らの姿を、そして時間を覆い隠す。こうしたダンス・ミュージックの場合、ビートの存在感が無い、とんでもない駄作も時には存在するが、この場合は逆だ。1枚を通したときのビートの存在感の無さ、それこそがその快楽性を知り尽くした者が作ることができる妙技である。時間の感覚すらもねじ曲げてしまう、グルーヴやファンクネスといったものがそこにはある。逆説的に、聴き終えたそのとき、忘却していたCD1枚の“時間の感覚”の長大さを感じることができる。インダストリアル・ダウンビートなラストの“Die Schwarze Massai”は、なんとなく、そのあたりを自覚させる浮世の時間感覚へと着地させる、アルバム1枚としての仕掛けのようにすら感じる。
 そして、ビートになんとか集中して聴き込めば、単調なミニマル・ビートと思いきや、ラストは別にしても、アルバム中にはエレクトロ調の“I’m Counting”をはじめとして、実際はさまざまなビートの仕掛けがあることがわかる。ミニマルの快楽を損なうことなく、飽きることのない1枚のアルバムにはそのあたりに秘密があるのだろう。
 こうした4/4のエレクトロニック・ダンス・ミュージックが生まれて四半世紀経った。もちろん、ある種の焼き直しもいろいろあるし、それがDJミックスのおもしろさだ。しかし、そこから出てきたこの天才はいまだに先に進んでいる。ダブステップやジュークなど、さまざまなビートが溢れる現在だが、いやいやテクノやハウスのフォーマットにおいても、いまだ新たなリズムの可能性があることを、この天才はしっかりとこのアルバムは示していると言えるだろう。
 

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