まわりだした世界
後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)プロデュースによる、the chef cooks me、3年半ぶりのニューアルバム。幾度もメンバーチェンジを繰り返してきた彼らが今回たどりついたのは、コーラスやホーンなどのサポートメンバーを加え、大所帯のバンドとして音を奏でることだった。悪戦苦闘しつつも、渾身の力でポップ・ミュージックとしての裾野を押し広げ、ついにひとつのかたちを手に入れたバンドの姿が、ここにある。
下村亮介(Vo/Key/Per)がうたう言葉は、まるで吟遊詩人のように、時間/場所/景色/季節のあいだを流転しながら、その場・その時に感じとった想いを託すように紡がれる。下村のヴォーカルと女声コーラスとの、同じ体温でとけあうような親和性の高さと、ハーモニーの美しさも心地よい。多彩な楽器の音色がおりなす極上のポップネスが、縦横無尽に駆け巡る。ときに希望のマーチのように、ときにかなしみを断ち切るためのファンファーレのように、日常の悲喜交々を、あたたかみのあるサウンドがつつみこんでゆく。
今作を聴きながら想起したのは、「回転する多面体」だった。アルブレヒト・デューラーの銅版画『メランコリアI』に描かれている八面体が、モビールのように、くるくると回転するイメージ。ひし形の鋭角の頂点を切り取った五角形・六面と、正三角形・二面からなる「デューラーの八面体」は、黄金比を内蔵しており、さらにその黄金比によって、無限の入れ子構造をも内包しているという。「デューラーの多面体」と、「the chef cooks meの回転体」。やさしくナチュラルに日々の暮らしと寄り添う、ポップ・ミュージックとしての「黄金比」――人間にとって、もっとも安定し、美しい比率――を内蔵し、めくるめく世界に限りない愛を注ぎ込むような言葉とうたを内包する『回転体』が、いま、ここにまわりだした。