FEATURE

人生狂わす、ニクいやつ

なぜ出会ってしまったのだろう?ルーツはここにあり!?
ヤツらとの出会いによって人生狂い咲き!?そんな“ニクイ”10枚をご紹介!

冨田ラボ

冨田ラボ

twitter facebook

なぜ出会ってしまったのだろう?ヤツらとの出会いによって人生狂い咲き!?
そんな“ニクイ”やつらをご紹介。

今回は、今月2月24日(月)にワンマンライブが開催される冨田ラボに、人生を狂わす10枚を訊いてみた。

「人生を狂わされたっ」と感じるほど計画的な人生を送っていませんが(笑、
50年ほど音楽を聴いていると”どの時期に聴いた何がどう自分に影響を与えたのか”がおぼろげながら分かってくるものです。
そしてその影響は盤そのものよりも、アーティスト自身や盤に携わった人達から継続的に受けるのだということも。
いわゆる”名盤”の作品としての、パッケージとしての価値はわかっているつもりですが、
名盤そのものよりも、それを名盤足らしめた人物を追うようにしていろいろ聴いてきたのだな~と再確認できた次第です。
冨田ラボ

好きな二人が集まったら倍以上良くなったというありそうでなさそうな盤。
幼少時からのマンシーニやらニール・ヘフティやらの映画、TV音楽趣味がオガーマンに集約された感じがします。
このアルバムがなければ弦など書かなかったのに!
マイケルは名演があり過ぎるけど、ニール・ラーセン「Last Tango In Paris」、デヴィッド・スピノザ「Doesn’t She Know By Now」で注目したように記憶しています。で、このアルバムの頃には既に大ファンでした。
彼を聴かなければサックスとかジャズとか好きにならなかったのに!




これは本人達とラリー・カールトンですね。
S・Dはどのアルバム選ぶか迷いますけど、高校生の頃はギターを一生懸命やっていたのでコレ。
当時はジャズ・フュージョンが好きでしたが、自分は真ん中でソロをずっと弾く役割ではないと思っていました–やってましたけど(笑。で、S・Dを聴いて「あっ歌モノでもこうできるんだっ」と思ったわけです。
S・Dがいなければポップスを商業音楽と割り切っていたのに!
ギターを真面目にやろうと思ったきっかけはアル・ディ・メオラだったので、ジャズ・イディオムとは関係ない世界といって良いのですが、ラリー・カールトンのプレイにはジャズ・イディオムも含まれます。そしてバッキングも巧く、ソロも歌っている。
彼がいなければギターに時間をとられなかったのに!




ジェイ・グレイドンのプロデュース作品です。当時はデヴィッド・フォスター・プロデュースものとの差異を明確に把握していたとはいえませんので、両者共にということで良いかもしれません=そう、エアプレイ(笑。実際メンバーも音楽性も似ていますが、グレイドンの方がジャズ・イディオム含有量高いです。後の成功という意味ではフォスターが圧倒的ですが、それは作曲←→サウンドの比重、プロダクション・マター、人間性(良い悪いじゃないですよ、念のため)などの差なんでしょうかね。よくわかりませんが、とにかくこの時期は良い作品を連発していました。
彼らがいなければプロデューサーなんて仕事注目しなかったのに!




イヴァン・リンスはクインシー『The Dude』収録「Velas」、同じくProのパティ・オースティン「The Island」で知ったと思います。クインシーが世界にリンスを紹介したのですが、まんまと乗せられた口です。凄いと思いました。S・Dなども含め、ポップスで使われるジャズ・イディオムとは違うものが含まれることは一聴して解りましたが、そんなことより先に感動してしまったのです。今でこそジョビンやジルベルトの奥深さを理解できますが、当時知っていた彼らの作品≒ブラジル音楽≒ボサ・ノヴァは凡庸なものと捉えていました(無知)。オリジナル以上に本当に凡庸なヴァージョンをたくさん耳にしたからなのだと思います。80年代にリアル・タイムで手に入るリンスのアルバムにはそれほど傑作はありませんでしたが、後にブラジル盤で手に入れた70年代諸作に駄作はありません。
彼を知らなければ中南米音楽にこれほど興味を持たなかったのに!




ウェザーで最初に聴くべきアルバムはこれではありませんが、まったく悪くないです。ジャコがいなくても大丈夫だとお知らせしたくて選盤しました(ホントの初体験は『Heavy Weather』です)。ザヴィヌルとショーターは元々かなり特徴のあるプレイヤー、作曲家ですが、ウェザーを組んで以降、二人の語法は本当に独自過ぎるものへと昇華されました。ショーターの独自性は作曲とプレイに顕著ですが、ザヴィヌルの場合はそれだけに留まりません。70年代中盤以降ザヴィヌルが関わるものには必ずシンセ音がついてまわるわけで、自ずとサウンド全体に独自性が行き渡ることになります。しかも工夫されているとは言い難い(失礼)シンセ・サウンドがシグネイチャー・サウンドとして認識され、格好良く聴こえるようになってきます。そう、格好良いんですよ、このシンセ(笑。ウェザーには「Young And Fine」や「Palladium」のようにチェンジの美しい曲も沢山ありますが、骨組みをハッキリと提示しないアレンジや演奏があったり、実際ワンコード、モードっぽい部分も多く、そういう時のエネルギーの発散具合こそがウェザーなのだなと思います。ザヴィヌルの晩年ではその傾向がさらに強まった印象があります。
ウェザーがいなければ”ポップス的な構造の提示”を必須事項としたのに!




で、マテリアルというかセルロイド・レーベル周辺の音に刺激を受けることになるのですが、80年代初期からリアルタイムのジャズを聴き、そしてジャズ・ライフ誌の読者であったみなさまであればお分かり頂ける自然さだと思います(笑。というかラズウェルProによるハンコックの『Future Shock』は大ヒット&グラミー受賞てなもんで、ジャズ云々関係なく普通に流行ってたってことなんですけどね。84年くらいになるといわゆるAOR的なサウンドには緩さを感じるようになり、歌ものもブラコンと括られるものを中心に聴くようになっていたと思います。そして『Future Shock』もジャズではなく完全にブラコン=ダンス・ミュージックの文脈でとらえていました。で、そこからビル・ラズウェルを掘るようになったら「Rock It」よりもず~っと面白い。ブラック・ミュージックの文脈で捉えるべきサウンドもありましたが、パンクを通らなかった僕はマテリアルやゴールデン・パロミノスをジャズ≒フリー・ジャズの文脈として聴き、そしてそういった要素はポップスの一部になりえることを知ったのでした(ワールド・ミュージックやヒップ・ホップ的なものへの入り口もここだったりする)。Change The Beat: The Celluloid Records Story 1979-1987というコンピはセルロイドの大まかを知るにはうってつけです。マテリアルの「夕日のガンマン」も収録されてればなお良かったけど。
彼らがいなければちゃんとジャズを練習したのに!




マシン・リズムとの共存が常識となった80年代、プレイヤーのリズム的精度は飛躍的に向上しました。リズム的精度の向上は一概に良い面だけではありませんが、対応できない70年代ビッグ・ネーム・プレイヤー達の仕事が激減したのは事実です。しかし今考えると、80年代的にジャストと言われていたタイミングは、基準そのものがMIDI(電子音響機器での同期規格)の遅れやら揺れやら、元々のサンプル音源の頭にある空白やら発音方式による遅れやらも含めた自然ではないもの、そしてそれほど正確とはいえないものも多かったですね。80年代にスタジオ・ワークを多く経験したプレイヤーのリズム感は、その不自然さを是正するためのパラメーター込みで形成されている場合も多いです。90年代以降、60~70年代懐古が一般化し、プレイヤーはマシン・ライクなタイム感からリリースされました。そのとき、当然前述70年代プレイヤーは再評価されましたが、今度は80年代的リズム感を持つプレイヤーがそこにアサインするのに苦労していましたね。たいへん興味深いです。
80年代的≒MIDI的なリズムの精度はスクリッティ・ポリティにより極められたとの感があります。精度という観点からは『キューピッド&サイケ』よりも『Provision』をあげたいですね(マイルス参加、というオプションもある)。このチャカのアルバム1曲目「Love Of A Lifetime」はそんなスクポリ的精度とブラック・ミュージックの親和性の高さを証明しました。正確だということは気持ちのよいこと。そうではないという価値観にも大きく頷きながら、今昔全ての音楽家がまずはそれを求めていたことは忘れません。現代の音楽家はリズムもピッチもさらに正確になってきています=基準とのズレが0に近づいています。環境と共に人間自体も進化するのだから捨てたものではありませんよね(笑。その可能性には常に注目していなければなりません。
彼らがいなければもっと緩くリズムに取り組んでいたのに!




前述ビル・ラズウェル周辺で初めて知ったアート・リンゼイ。最初はよくわからずにビル・フリゼール、ヘンリー・カイザーとかフレッド・フリスと同列で、みなノイズ要員くらいに思っていました(笑。でももちろん全然違う。よくこれだけ違ったオルタナティヴを集めたものだ、とビル・ラズウェルに感心しています。フリゼールは最近のカントリー・ルーツ探求家然とするまで、もう少しジャズの文脈で語れた頃までは凄く良く聴きました。ヘンリー・カイザーは教則VIDEOが好き(笑。フレッド・フリス『Guitar Solos』はもちろんですが『Cheap At Half The Price』は大好きなポップ・アルバムです。でもアート・リンゼイ。本当の意味でのノイズ・ギターは実際彼だけでしたが、破壊力もダントツです。でもソニー・シャーロックとかロフト・ジャズ周辺とは違って汗かかない感じ。頭良さそうに思っちゃうノイズです。ポスト・モダンな80年代的ワードがいくつも浮かびますが、同時に六本木WAVEを思い出しました、特に閉店時–わかる方いらっしゃいますか(笑。
実はカエターノを初めて聴いたのがこのアルバムで、目当てはリンゼイでした。カエターノがMPBの大物だと知ったのはその数年後になります(余談ですが並んでいた他のカエターノのアルバムはたいして面白いと思えず、パスコアールを一緒に買ったのを思い出しました)。シンセやマシン・ドラムと共にノイズ・ギターを構成要素として適宜配置(実際のプレイ時はそんな意識ではない、はず)したサウンドはとても新鮮でした。リンゼイ自身のバンド、アンビシャス・ラヴァーズ『Greed』とこのアルバム、どちらを先に聴いたのか覚えていませんが、80年代も終わろうとしている頃(昭和が終わった頃)、楽しんで聴けるポップスが非常に少なかったのが思い出されます。
彼を聴かなければ楽音だけ意識して音楽を作っていたのに!




エンジニアのチャド・ブレイクですね。久々に聴いても格好良い。当時サンズ・アンプ(歪ませるエフェクター)を全チャンネル分持ってると言われてましたが、本当にサンズ・アンプをドラムにかけるとこんな音でした(笑。90年代以降、楽音以外の要素を大きな判断基準として音楽を聴くことが一般的になりました。音楽においては質感、ロー・ファイという言葉が多く聞かれるようになり、洋服から楽器、家屋に至るまでエイジド加工、レリック仕様、ヴィンテージ仕様といったものが一般化した時代です。当時は楽曲内容以上に全体から受ける印象≒音質≒質感によりヒップか否か、エッジーか否かを決めていました(関係ないけどヒップとエッジーは全く逆の意味だ、Dr.Johnのいうヒップの解釈が正しいのなら。ヒップはギザギザや角をなくして文字通りヒップのように滑らかにすることらしいからな)。極論をいえば、駄曲、ヘロヘロの演奏、下手な歌でもレコードみたいな音質だと聴ける、ってなもんです。当時ほど極端ではないにしろ、質感というパラメーターは音楽を判断する基準として市民権を得た、広く根付いたといえます。対象とする年代は推移していますし、今後も推移するでしょうが、参照年代の質感を表現することは、音楽制作において重要な工程となっています。しかし一方でハイ・ファイに対するアンチイズムも減ってきています。これは80~90年代まで言われていたハイ・ファイが本当の意味でのそれではなかったことを示しています。デジタル、アナログの問題も含みますが、当時のデジタル機材の技術的な制限は、現在と比べるととてもハイ・ファイとは言えない、ということだけお伝えしておきます。しかし、だからこそロー・ファイという手法が生み出されたのですね。直接的にはレコードからのサンプリングで作られたトラックが持つ質感が参考になっていたのだと思います。
このアルバムとポーティスヘッド『Dummy』は質感≒ロー・ファイ形成のお手本としていましたが、遡ればツイン・ピークスのサントラがきっかけだったと記憶します。しかし、この作品を含むチャド・ブレイクの手掛けたもの全ては、望む質感とプロフェッショナルなエンジニアリングの両立という意味で群を抜いていました。その後チャド・ブレイクは多くのビッグ・ネームを手掛け、途中プロ・トゥールズ(録音機材)移行に伴う若干アプローチの曖昧な時期は挟みますが、今も独自で素晴らしい質感を提供しつづけてくれています。
彼がいなければ普通に綺麗な音でやることだけ考えていたのに!




日本ではギズモンティと呼ばれていた頃(70年代後半)から彼の名は知っていましたが、たいしてよく聴きもせずに「あ~ECMの」くらいの認識でいました。ラルフ・タウナーみたいな感じだろな~くらいですよ(でもトリロクの居た頃のオレゴンは良いよね、あっ、そしてタウナーもジスモンチもギターとピアノ両方巧いっつー共通点があるから余計そう思ったのか)。多分06年くらいからジスモンチにどハマりしていたのですが、きっかけが全く思い出せない。誰かに薦められたわけではないし、初聴時の鮮烈な印象もないんです。デビュー盤と『Sonho 70』は昔から持ってたけど、『Sonho 70』はソフロ文脈だったし、デビュー盤はたいして印象に残らなかった。06年くらいで覚えているのは、このアルバム『Arvore』のミックスが聴きづら過ぎて最初歌ものであると意識しなかったこと、気付いたあとは歌ものなのにこんな感じなんだってこと(笑。あとライヴ映像を観て特にピアノが良いと思ったことくらいですね。きっかけはこのように思い出せないんだけど、その後はやはりEMI期のアルバムを集めだすんです。まだ正規CD化は少なく、レコード探しては割りと高めの値段で買うってのを繰り返してました。
何でしょう、新たな過剰なヤツをみつけたって感じですかね(笑。今もECM作品はあまり聴きませんが、70~80年代中期までのEMI作品は凄いと思います。ジャズ・ロック的な『Corações Futuristas』、ファンク・フュージョン的な『Carmo』、名曲「Sanfona」収録『Em Familia』、シンセ宅録感が最高な『Fantasia』以降の3枚、どれも必聴ですが、’72年の『Água & Vinho』がポップスとしては一番好きかも知れません。でもちゃんと聞き出した順番通りに『Arvore』を選盤しました。
一部の近代、現代を除き、僕はクラシックをそれほど聴いてきませんでしたが、ジスモンチをちゃんと聴くようになってから少し後悔しましたね。音楽理論という側面では、一般常識に毛の生えた程度のクラシックの知識と自分なりのジャズ・イディオムの理解で所望の音楽が作れていたものですから、音楽においては理論以外に学ぶこと(いくらでもあります)を優先していたところがあるんです。でもそれほど理解していないイディオムを使った音楽に心動かされてしまったわけですから、はい、まだ途中ですが学びました(笑。
ジスモンチさん、また学ぶこと増えちまったじゃねえか!



●LIVE 告知
冨田ラボ史上3回目ワンマン!
お待たせしました、再び一夜限りのライブ開催。
‘06年は ”CONCERT”、’11年は ”COMBO”、2014年は “INSTRUMENTS & VOICES”!

冨田ラボ LIVE –INSTRUMENTS & VOICES-
2/24 (Mon) @ 恵比寿LIQUIDROOM
http://192.168.1.10/liquidroom_import/schedule/20140224/17955/

●アルバム 告知

RECENT 人生狂わす、ニクいやつ

人生狂わす、ニクいやつ TOP

RECENT 人生狂わす、ニクいやつ

人生狂わす、ニクいやつ TOP