『Delete Cipy』
peepow a.k.a マヒトゥ・ザ・ピーポー
[label: BLACK SMOKER RECORDS<http://blacksmoker.cart.fc2.com/>/2015]
Amazon名前のない音楽
普段はどうでもいいことペラペラしゃべってるわりに、こういう作品には口が真一文字になってしまいます。
昔からそうなのかもしれませんが、音楽はレコード屋さんの惹句を見れば聴かなくても内容がだいたい分かるようなものばかりで、それはグーグルで検索したら出てくる結果と大して変わりません。逆にヤバいなあという感覚には名前がないというか、初めて経験する“感じ”としか表現できない、モヤモヤしたものが宿ってることが多い気がします。
マヒト君が信頼するトラックメーカーと一緒に作ったこのアルバムは「~っぽくしよう」的な、まして「斬新でしょ」みたいなスケベ心がはじめからないというか(少しはあると思うけどおくびにも出してこない)、「散歩の途中で怪しいレストランに入ったら、得体の知れない旨い料理が出てきた」的な、ぶらり旅で舞の海が事故った感じがあります。
ビート系とか、ジュークっぽい曲があるとか、まあ適当な言葉で説明を試みるわけですが、書いた尻から言葉が音に追いついてないっていうか、書くことの無力を感じます。「ジャンル横断」とか「多様性が宿る」みたいな話でもないし、何なんですかねこれは。ラップというか歌というか朗読というか、全部ひっくるめると吟遊詩人みたいなマヒト君の自由なフロウを聴いてると、ササクレだった凶暴なトラックが妙にドリーミーに聞こえたりしてくるし、そこにKボンさんのラップが出てきたら、もう何だかよう分からんけどスゴイみたいなことで。僕は②⑥⑦⑫⑬がとても好きです。
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「反省だの後悔だの/してる暇はないなり/とりあえず吸って吐いて/書き殴るよダイアリー」
「狂いたくても/狂えなかった日は/お前のそばに何が残る」
これは創作についてのリリックではない。生活について書いている。気持ちを切り替えれば、自分を違うところから見つめれば、誰にでも簡単にできそうなことだ。生活は振り返らずただ生きることだ。だが、そんな簡単なことが、僕も含めてしてないし、できない。みんな生きづらい。同調圧力と日々食うことに追われている。毎日、後悔と反省だらけ。朝はまるで神のような全能感にあふれてても、日暮れには傷付きまくって子猫みたいにナイーヴになる。自由を謳歌する裏側で、明日の不安にさいなまれる。
だからこそ僕は自由と不安がないまぜになったマヒト君の世界に惹かれる。夜中に書いたラブレターは、ひと晩寝かせて翌朝に見直すのが大人の理性だが、そういう自意識を感じさせないマヒト君は、いつも僕らをふにゃふにゃした感じで眺めている。そして、自分が興味をもった対象にフワっと近付いて、子供のように「なんかやれへん?一緒に遊ぼうや」っていう調子で語りかける。
マヒト君にしろブラックスモーカーにしろエキセントリックな面が取り上げられることが多い気もする。そんな伝説を知ることも楽しいが、僕を含めた一般人には関係ない世界の話だ。誰かの口伝えで脚色された物語よりも、彼らが吐き出す音を聴いて、名前が付く前の、モワモワした、でも確かな手触りのある”感じ”をダイレクトに味わった方がずっと生活のためになると思う。
グーグル先生が補足できるのは「文字」だ。それは誰かが名付けた過去の集積であって、一番大事な未来には名前がないし、検索できない。再生ボタンを押して流れてくる、「peepowの感じ」に名前を付けられるのは、僕ら自身だ。それが自由だし、彼の音楽には自由がある。