いざ、新たな宝島へ!
文字通り「原点」のようなシングルである。メンバーの草刈愛美の懐妊・出産によるライブ活動休止期間を経てリリースされた、オリジナル作品としては2014年10月の『さよならはエモーション/蓮の花』以来11か月ぶりとなる、サカナクションのニューシングル『新宝島』。「原点」というのは、単にサカナクションの物語の出発点というだけではない。このシングルに込められているものとは、大げさにいえば「音楽が生まれる瞬間」と「音楽が受け取られる瞬間」、つまり音楽そのものの原体験である。その「音楽の原点」に立ち返って、サカナクションが今こそ目指す新たな「宝島」とは何なのか?
すでにさまざまなインタビューで山口一郎自身が語っているように、“新宝島”はそもそも大根仁監督の映画『バクマン。』の主題歌を作ってほしい、というオファーに応じる形で出発した楽曲だ。『バクマン。』でサカナクションは主題歌のみ鳴らず劇中のサウンドトラックも担当、これまでのタイアップよりも踏み込んだ形での映画とのコラボレーションに取り組んでいるが、その一環としてあくまで映画にフィットするテーマソングであることを目指して生み出されたのが“新宝島”なのである。
漫画を題材にした『バクマン。』をより理解するために山口は普段ほとんど読まないという漫画を研究し、その歴史を学び、その末に“新宝島”というキーワードに辿り着いた。この言葉は、手塚治虫が1947年に酒井七馬との合作という形で発表した、日本における長編漫画の嚆矢とされる作品のタイトルである。思えば、ここで漫画という題材の「出発点」まで遡ったこと自体に意味があったのかもしれない。結果的に山口はその後の作詞作業の中で、「漫画」と「音楽」を重ねあわせ、何かを描くこと、何かを表現することの根本へと潜っていくことになったからだ。
80年代から90年代初頭を彷彿とさせるレトロなシンセサイザーのサウンドと打ち込み感のあるリズムパターン、ミニマルな曲構成とシンプルなメロディ——『ドリフ大爆笑』のオープニングを真顔でパロったミュージックビデオも含め「あの時代」の感じをとことんフィーチャーした(ある意味ジョークともいえる)コンセプトとは裏腹に、「このまま君を連れて行くよ」「揺れたり震えたりしたって/丁寧に歌うよ」と歌われる歌詞は素朴で真剣そのものである。1年近くものあいだライブ活動から離れ、制作作業に没頭する中で必然的に山口が向き合った「音楽を作るとはどういうことか」というテーマ。「漫画を描く」という行為と「音楽を作る」という行為が直線で結ばれ、そこから「描くよ/君の歌を」という言葉が導き出されたとき、“新宝島”は単なるコラボレーションプロジェクトを超え、サカナクションにとってあまりにも重要な意味をもつ再出発のアンセムとなったのである。誰に向けて、何を、どのように「歌う」のか。その目指す方向に、山口は新たなサカナクションの「宝島」を見ているのだ。
一方、カップリングに収録されているのは“聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに”と題された楽曲。今のトレンドともいえるジャジーでファンキーなダンスグルーヴに乗せて文字通りリキッドルームでの一夜の情景が綴られていく、不思議な質感を持った曲だ。サカナクションは「NF」と題されたイベントをリキッドルームを舞台にオーガナイズし、彼ら自身の視点で捉える「音楽」を、さまざまな分野のクリエイターとともに表現してみせた。音楽が鳴っている「場」、いくつものカルチャーや表現が重なり、それが最終的にすべて「音楽」へと帰結していく瞬間を不特定多数のオーディエンスと共有する空間。「NF」というイベントはそういうものだ。この“聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに”で山口が描こうとしたものとは、その「音楽が鳴り、共有されていく」刹那の風景だったのではないか。
「ここでしか会えない他人」である「君」と過ごす夜。そこには「聴きたかったダンスミュージック」があり、その音が震わせる「AM1時の空気」がある。夜はやがて朝になり、夢は覚めていく。しかしその空間の感触だけはいつまでも残り続ける——音楽が描き出す日常と非日常の曖昧な境界、その中で出会う「他人」との交歓、言うなれば音楽が生み出すコミュニケーションのもっともプリミティブな形がそこにはある。「NF」がまさしくそんなイベントであるように、山口にとってのリキッドルームはその原体験を想起させる場所なのかもしれない。
「音楽が生まれる瞬間」を描いた“新宝島”と「音楽が受け取られる瞬間」を活写した“聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに”。カップリング&リミックス集『懐かしい月は新しい月 〜Coupling & Remix works〜』のリリース、イベントの立ち上げ、レーベル「NF Records」の設立(このシングルはそのレーベルからの第1弾リリースとなっている)と、これまでにないユニークなサカナクションの活動の本質的な意味は、すべてこのシングルに込められている。音楽がどのように生まれ、受容され、更新されていくのか。マスに向けてスケールの大きな活動を行っていた『sakanaction』期とも、一転して内向きのベクトルで心象風景を見つめた『グッドバイ/ユリイカ』『さよならはエモーション/蓮の花』のシングル連作期とも違うヴィジョンが、今のサカナクションには生まれている。これからの動きから、ますます目が離せない。
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サカナクションがオーガナイズする、複合クラブイベント「NF#2」来月開催決定!
11/6の公演詳細はコチラから