心頭滅却すれば火もまた涼し
ソニーミュージックのサイトにアップされたシド・ザ・キッドのインタビュー記事は非常に興味深いものだった。
彼女は〈ego death〉というタイトルの意味するところを「謙虚になることを表している」と説明している。「それぞれ個人的にも抱えてきた問題や困難を乗り越えるためには自分自身を見つめ直して謙虚にならないといけない」という気づきからこのタイトルが冠されたそうだ。
シドは続けてその変化について「必ずしもアーティスト個人の考えなどが尊重されるわけじゃなく、これはビジネスで、お金を稼ぐことが大事なのだということにやっと私たちは気づいた」「屈辱的な経験を重ねてきたことで、この世界では全てがビジネス上のことで、個人的、感情的に受け止めてはいけないし、誰にも期待してはいけないってことが痛いほどわかった」と、かなり醒めた意見を述べている。
しかしこのアルバムが商業主義に対する敗北宣言などではないことは一聴してわかることだ。その裏づけとして、シド本人も前二作と本作との違いを「より強い自信。そしてよりハード」と語っている。
‘世界に対して100%の自分を理解してもらいたい’という欲求と、それらがゆるやかに諦めへと向かっていく過程は、形は違えど誰もが経験し得ることではないだろうか。自我を失うことで初めて本来の自分の使命にたどり着く。この世の皮肉な構造のひとつである。それを踏まえてこのアルバムに向き合ってみると、繊細な若者たちのモラトリアム喪失の物語がみえてくるようだ。
僕が本当に面白いと思うのは、自我の死が日和見なムードをもたらすのではなく、より先鋭的なサウンドを生みだしたところにある。「自分のエゴを手放して、自分の不安な心を手放して、自分の内に秘めていたものを手放して、自分が素直に<これだ!>と思えることをありのままやることね」とシドは締めくくっていた。魂を自分固有のものにしておく愚かしさに彼女は気づいているのかもしれない、とふと思った。それは僕が折にふれて考えていたことでもあったので、この素晴らしくクールで痛快なアルバムを聴きながら勝手にシンパシーを感じてしまった次第である。
【公演情報】
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