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Ride On Time

『Ride On Time』

田我流

[label: Mary Joy Recordings/2019]

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虚無を蹴散らせ、日々を生きろ

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Text by 三宅正一

 田我流は強く理解している。現代社会に生きる者にとって、最大の敵は虚無感であることを。ソロアルバムとしては前作『B級映画のように2』から約7年ぶりのリリースとなる本作『Ride On Time』は、まるで想像力を殺すために真綿で首を絞めるように、ジワジワと詰め寄ってくるこの国の支配力による虚無感や諦観に押しつぶされないように踏ん張る彼の姿が生々しく浮き彫りになっている。末永く鳴り響くべきビートとラップともに。

 

 3.11以降の政治や市井と対峙し、怒気を漂わせながらもユーモアを重んじたうえで、その陰影の濃いリリシズムや振り切れた狂騒を提示した前作『B級映画のように2』以降、多くのリスナーがstillichimiyaの一員である田我流を特別なソロラッパーとして見つめるようになった。それから彼は2014年にstillichimiya のメンバーとして、2015年に“田我流とカイザーソゼ”名義のアルバムをそれぞれリリースし、ライブも間髪入れずに行ってきた。しかし、それでも実際にソロ名義のアルバムリリースが7年も空いたことに彼なりの必然性があったことをこの『Ride On Time』という作品を通して十二分に感じることができる。

 

 その第一の証左として、本作のトラックリストの多くには田我流のトラックメイカー名義である“Falcon a.k.a. Never Ending One Loop”という名がクレジットされている。そう、この7年間で彼は自ら積極的にビートを構築するようになった。この変化は実に大きい。加えてプロデューサー陣には、かねてから交流のあるEVISBEATSやDJ UPPERCUT、さらにはジュークのビートメイカーとして知られているAce-up、あるいはAutomaticやVaVaが名を連ね、フレッシュな組み合わせが数多く実現。客演にはラッパーのC.O.S.A.とシンガーソングライター/プロデューサーのNTsKiが華を添えている。

 

 インタールードも含め、ドラマティックに展開していく各曲のビートの様相は色とりどりでもあるが、それと同時にほとんどが“クラシック”という言葉さえ浮かぶ。ときにトラップ以降のフィーリングも取り入れる田我流のフロウもまた現行のシーンから得たリファレンスというよりは、自身のリリシズムにジャストフィットすると同時にいかに今後のライブでさらなる生気を色褪せることなく注入できるかという視座に則ったもの、という感触が強い。あらためて、この独立した普遍性に田我流というラッパーの強さがあると思い知る。各曲が離れがたく結ばれているリリックの内容はどこかずっと曇天模様だ。

 

  その理由は冒頭に記した通りだ。どこかに向かう途中で忘れ物をしたことに気づき自宅まで戻った田我流が、切羽詰まった様子で再び車に乗り込むオープニング「Wasuremono(Intro)」に始まり、妻子とともに忘れ物がないかを確認して目的地へ出発する「Takarabako(Outro)」で本作は終幕する。つまり、時系列的には逆転している。筆者はなぜか、このアルバムが閉じられたときに映画『万引き家族』のラストシーンを思い出した。今、そこにある現実が絶望的なのか、微かな光が射し込んでいるのか、その解釈を観客の個々人に問うあのシーンを。そしてまた「Wasuremono(Intro)」から聴き始めた。

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