無垢と経験の歌
2018年にDYGLがメンバー全員で渡英したことに驚いた人も多かったかもしれないが、英詞のロックを鳴らし、既にSXSWでのライブやアジアツアーを成功させていたDYGLなら自然な流れとも思えることだった。メンバーのSNSに垣間見えるイーストロンドンの日常や、インタビュー記事があがる度にどんどん髪が長くなっていくメンバーの写真、そして土地の空気をまとって届けられた2作のシングル”Bad Kicks”、”Paper Dream” を受けとりながら、次のアルバムへのリスナーの想像と期待は大きく膨らんでいたことだろう。筆者もその一人である。
前作からは2年ぶり、渡英して初めてのリリースとなったアルバム『Songs of Innocence & Experience』。楽しげにスウィートに幕をあける“Hard to Love”、キャッチーでエネルギッシュなDYGLの真骨頂 “Paper Dream”、そしてこのアルバムの深みとイギリスのムードをビシビシ感じさせる“Spit It Out”、冒頭3曲を聴いただけでこのアルバムはやばいぞ、と興奮した!
Kid Waveのギターの音に惚れたことがきっかけで、同バンドも手がけたRory Attwellをプロデューサーに迎えて作ったという今作は、全体に60年代後半から70年代にかけてのロックサウンドのヴァイブスをまとっている。これまでと大きく違うのは音の響き方だ。音の輪郭は空気に溶けているというか、空気そのもののようで、ボーカルはその少し古ぼけた空気の中にエネルギッシュに気持ち良さそうに響いている。秋山信樹の声も渋みを増した様に思う。アレンジこそ打ち込みやシンセサイザーを使ったりもしているが、全体的にシンプルで有機的で古き良きムード。既にリリースされていた曲も、アルバムのトーンに合わせてかなりアレンジが変わっているのが聴きどころ。例えば“Bad Kicks”はよりドープに、重心低く脈打つようなバスドラムの音が印象的だ。エネルギッシュさには変わりない、このアルバムで一番パンクな曲。同曲のB面だった“Hard to Love”はテンポアップして少しサイケデリックな感じに。初期からライブでは演奏されてきた曲“Nashville”がここにきて収録されたのも納得である。
バンド楽器以外にスタジオにあった鍵盤やシンセサイザーやエフェクターを、Roryと一緒にいじりながら取り入れていったというエクスペリメンタルなアプローチは、アウトロの最後の最後まで聴き逃せない。メロウな “Only You” はPuma blueのような、今のサウスロンドンのムードも感じさせるなど、DYGLらしさは貫きながら見事に大きく進化を遂げた、懐かしいはずなのにフレッシュなアルバムだ。
色鮮やかな全10曲の中でも、“Spit it Out”と“Don’t You Wanna Dance In This Heaven?”の2曲は、特に今のDYGLを凝縮した曲ではないだろうか。歌詞を考えずに一聴した時も曲のパワーに感情を掻き立てられるアルバムのハイライトだと感じたが、そのメッセージを受け取れば尚更響いてくる。秋山が日本の社会について考えながら書いたという”Spit It Out”は「今感じている疑問をためらわずに吐き出せ」というメッセージ。“Don’t You Wanna Dance In This Heaven?”でも「今のおかしな状況に目を向け声をあげよう、天国でダンスしたくないか?」と問いかける。グルーヴは爆発する。
今自分が生きる世界を、窮屈に思う人は多いだろう。そこを抜け出し、行きたい場所に行って、好きなことをやって、言いたいことを素直に言う。とてもシンプルでピュアだ。だけどそれは難しく思えるし、そこには葛藤も生まれるし、何かを失うこともある。アルバムタイトルはウィリアム・ブレイクの詩集『Songs Of Innosense & Experience』から拝借したものだが、彼らはそんな二面性にシンパシーを感じたそうだ。しかし行動し経験したものにしかわからないこと、出会えない人、歌えない歌がある。本作はそう強く感じさせるアルバムとなった。自由になったDYGLの輝きは増すばかりだ。