FEATURE

REVIEW

JUQCY

『JUQCY』

Naz

[label: SENT/2019]

Amazon

「どこにでも行ける」歌声

twitter facebook

Text by 小川智宏

 才能と時代がかみ合う瞬間というのにはそうそう立ち会えるものではないが、これはそういうものかもしれない。いや、正確にいうと、その予感に満ちているといったところか。沖縄生まれの19歳、Naz。昨年、冨田恵一がフックアップし、冨田ラボのアルバム『M-P-C “Mentality,Physicality, Computer”』のリードトラック「OCEAN feat. Naz」でフィーチャーしたことで注目を浴びた彼女の初のオリジナル作がこのEP『JUQCY』だ。プロデュースには冨田とともにWONKの江﨑文武が名を連ね、全6曲のうち1曲(「White Lie」)を江﨑、1曲(「Clear Skies」)を冨田が提供(作詞はそれぞれWONK・長塚健斗、Lori Fine)し、合わせて自作曲を2曲とナンシー・シナトラ「にくい貴方(These Boots Are Made for Walkin’)」のカヴァーが収められている。

 

 13歳のときに『Xファクター』のオーディションに出場して審査員を感嘆させたという前歴が物語るとおり、その歌唱力と表現力が天賦のタレントであることは疑いようがない。だがこのEPを聴いて気づくのは、彼女はただ「歌が上手い」というだけでは説明のつかないものをもったシンガーであるという重要な事実だ。オーセンティックな一面もしっかり持ちながら、同時にそれを軽々と飛び越えていく自由さと柔軟さを併せ持った声。たとえば2006年にイギリスでリリー・アレンがデビューしたときのような、その歌声自体が時代を象徴しているような感覚を、Nazの歌にはおぼえる。どこにでもあって、どこにもない声。そのありさまは、とてもモダンで未来的だと思う。

 

 タテ・ヨコ・高さ、その才能の現時点でのサイズを確かめるかのように、とにかく音楽性の幅が広い楽曲が集められた本作。それに応えるように、Nazの歌もまたのびのびと翼を広げている。オーディエンスノイズやマイクチェックの声などライブをイメージさせる演出が施されたオープニングナンバー「White Lie」でいきなり厚みのあるR&Bシンガーとしての実力を見せつけたかと思えば、続く「Clear Sky」では力強いビートとちょっとメランコリックなメロディラインが柔らかな光を描き出すなか情感豊かな声を響かせ、「Rain Wish」(これは彼女が中学生のときに初めて作った曲だそうだ)ではシェリル・クロウなども彷彿とさせる優しくもキレのある歌を、「Fare」ではシンセが印象的に鳴り響くオルタナR&Bの意匠の上でビョークのような無垢さと神々しさを併せ持った器楽的な声を聞かせてくれる。そして最後に収められたオールディーズのカヴァーでは、楽曲の存在感にも負けない力強い個性をこれでもかと主張してくるのである。

 

 その振れ幅の大きさの要因を、たとえば彼女が育った環境に求めることもできるだろう(UKロックや映画が常に流れているような家庭だったらしい)。彼女が直接的に歌手を志望する契機となったのはクリスティーナ・アギレラとの出会いだそうだが、それもアギレラ主演のミュージカル映画『バーレスク』を通してのことだったという。無理やりその出会いを一般化するなら、Nazにとって音楽とは映像や物語やキャラクターとともにあるものであり、それゆえ彼女はひとつの「自分」に拘泥することなく自由に歌声を羽ばたかせることができる――のかもしれない。あるいは母語である日本語ではなく英語で歌うことを歌い始めた当初から当たり前に実践していたことが、その「非国籍」的な存在感を生み出しているともいえる。しかしそういった自然発生的な部分と同時に、そこにNazという表現者の強い意志もまたあるような気がするのだ。

 

「Fare」でNazはさりげなくこう歌っている。

 

 「it’s FARE to go anywhere.」――どこへでも行けるよ。

 

 ひとところに留まらないそのありようこそが、彼女の歌のアイデンティティだ。ローカルとかグローバルとか、ドメスティックとかワールドワイドとか、そういった境界とは無関係なところで、Nazは歌い始めた。その第一歩がこの作品なのだ。

RECENT REVIEW

REVIEW TOP

RECENT REVIEW

REVIEW TOP