WONK
リアルに肉体化された『Moon Dance』の世界
Text by 小川智宏
Photo by 服部 宗佐
先行配信されたシングル「Orange Mug」を含む、じつに2年ぶりの新作となるEP『Moon Dance』を7月31日にリリースしたばかりのWONKが、これまた久しぶりのワンマンツアー初日をリキッドルームで迎えた。
『Moon Dance』はわずか5曲入りのEPではあるが、その5曲を通して一貫した世界観をもったコンセプチュアルな作品となった。そのコンセプトがどうライブに落とし込まれているのか、この日のライブの楽しみはそこだったが、結論としてはその期待をはるかに超えてすばらしいものになった。この日僕がリキッドルームで観たのは、単に作品世界を具現化したパフォーマンスというよりも、その作品世界を過去曲と絡めて8人編成のバンドで再編していくことで、より強靭に、色彩豊かに、作品に込められたテーマを暴き出すようなプレゼンテーションだった。
江﨑文武(Key & Piano)、井上幹(Ba)、荒田洸(Ds)とサポートメンバーが不穏なイントロ(江崎は「一部でホラーと言われ……」と自虐していたが)を奏でるなか、長塚健斗(Vo)がステージに登場し、EPのオープニングナンバーである「Blue Moon」へ。水がしたたる音のサンプリングから始まり、いきなりオーディエンスを音楽の深淵に連れ込んでいく。リヴァーブのかかったフィンガースナップ、安藤康平(MELRAW)によるまどろむようなフルートの音色。長塚の歌と総勢8人編成となったバンドの音の重なりが絹のような滑らかさで絡み合い、紡がれていく物語の幕開けに、まるで映画のオープニングを観るかのような感覚を覚える。そしてそのまま『Castor』からの楽曲「Midnight Cruise」へ。どこまでもスムースなメロディと、次第に熱を帯びていくグルーヴのコントラストが、早くもフロアを大きく揺らしていく。
サポートメンバーも含め多様なバックグラウンドを持ったミュージシャンの集団であるWONKにとって、そもそも安易なジャンル分けなどナンセンスでしかない。というか、多様なバックグラウンドを持っているからこそ、最終的なアウトプットはジャンル論にとらわれない、音楽の原初的な魅力をたたえたものになるということなのかもしれない。もっといえば、WONKは、つまり「歌」のバンドだと僕は思う。ソウル、ファンク、フュージョン、ロック……さまざまな音楽の旨味を随所に感じさせながら、彼らの鳴らす音は最終的には「歌」――ヴォーカルだけでなく、楽器のフレーズも――としかいいようのないストレートで人間的で肉体的なアウトプットへと収斂されていく。しかもライブメンバーが新体制となったことで、ますますその肉体性に磨きがかかっているのだ。江崎のピアノから生まれる美しい旋律をまとって静かに大輪の花を咲かせる「Mirror」、サポートギター竹之内一彌のソロが光る「Dance on the Water」、サックスとトランペットのソロにフロアが沸いた新作からの「Mad Puppet」……1曲ごとに曲に込めたイメージをしっかり表現しながらも、常にピュアな音楽を鳴らす喜びのほうへと身を投じていくようなライブ。シングル「Orange Mug」には、イントロが鳴った瞬間にオーディエンスから喜びの声が上がる。
演奏ではストイックなまでの姿勢を見せながら、MCになったとたんそのへんの兄ちゃんみたいなくだけたムードに様変わりするのも彼ららしいが、その出し入れもまたWONKというバンドに奥行きを与えている。話題となったNHK『シブヤノオト』出演時のエピソード、そして今回作ったグッズ(香水をはじめ、EPの楽曲にちなんだスペシャルなアイテムたち)の話(長塚「いっさいグッズは作らないって散々言ってきたのに、作っちゃった」)で笑いを取りつつ、いざライブを再開すれば、長塚のセクシーな歌声と7つの楽器が、あっという間にオーディエンスを別世界に連れて行ってしまう。
ラジオ番組でリアルタイムに編曲して披露したスモーキー・ロビンソン「Cruisin’」もよりライブ向きにアレンジした形で演奏。緊張感のあるアンサンブルが、現場のテンションを教えてくれる。この曲、後半は延々インストのソロ回しが続くのだが、そこで鳴らされる井上のベースも荒田のドラムも、ギターもホーンも例外なく「歌って」いる。「アゲていこうぜ、リキッドルーム!」という長塚の声から突入した「Gather Round」で弾けたように盛り上がるフロアにさらにファンキーな「Loyal Man’s Logic」を畳み掛け、際限なくテンションを上げていくバンドのパフォーマンス。その流れで新作からの「Sweeter, More Bitter」を聴いた瞬間、彼らが『Moon Dance』で描こうとしていたことが何なのかがおぼろげながら分かった気がした。
ライブで聴く「Sweeter, More Bitter」は、音源よりも数段ダンサブルかつエモーショナルに響いた。『Moon Dance』に綴られているものは、SFやディストピア小説風の意匠をまとってはいるが、一言でいうなら「人間」や「心」をめぐる物語だと感じる。その感覚がライブでのエモーショナルな盛り上がりとつながった気がしたのだ。その後MCを挟んで演奏された楽曲が、セロニアス・モンクに捧げた「Cyberspace Love」というのも、そう考えると気が利いている。
ライブの最後を飾ったのはオープニング同様EPの流れどおりに「Phantom Lane」。80分間の旅路を終え、少しずつ現実世界に近づいていくようなアウトロが奏でられ、それに乗せて長塚がメンバーを改めて紹介する。この8人でしか鳴らせない、この8人だからこそ鳴らせる『Moon Dance』の世界がそこにはあった。そして物語は続く。このEPは「序章」にすぎず、続くアルバムもそのコンセプトを引き継ぎ、ストーリーの全貌を描き出すという。今鳴るべき、そして聴くべき音楽がそこにはある予感がする。今から期待して待ちたい。